インタビュー

2001年第1回  東照寺東堂  程木徳明さん

 

今回は「港北みりょく発見団」が1月13日に東照寺東堂の程木徳明さんからお聞きした講話の概要を掲載します。
写真は程木さんのご希望があり、掲載しません。

わたしは24歳から50歳まで中学校の社会科の先生をしていました。
50歳になったときに教師を辞めましたが、以来24年間1回も休まずに、毎日曜に坐禅会を続けてきています。最近では坐禅会には毎回30〜40人の方がおいでになります。勉強にもなりますが、何よりも心と身体の健康のためになります。みなさんもどうぞ参加してください。

綱島は昔交通の要所でした。鶴見川と早渕川の合流点で水上交通が発達し、陸上も東海道の裏街道として栄えていました。ただし、1万年くらい前まではこのあたりは海で綱島も文字通り「島」でしたから、平地は雨が降れば水が出て、どろどろ道になって歩けなくなってしまうため、旧街道は、みんな山の上を通っていました。そのため、いっそう川が交通や荷物の運搬に重要だったのでしょう。

横浜七福神初詣も昭和52年ころから続けています。バスで廻るのですが、毎年毎年周囲が変わってきています。自然が少なくなり、どんどん庭のない高層マンションが出来ています。そこで生活する人たちのためには、残せる自然を残す努力が必要でしょう。自然に対する心のあり方がむしばまれてしまいます。
山門の掲示板に書いてある「人間の心には誰でも『遠い海』を持っている」という文は、井上靖さんの「遠い海」からとりました。

この「遠い海」はキラキラと光っていて、その人の心をやさしくしてくれる力を持っています。ただ、ほおっておくと濁って、荒れた、汚れた海になってしまいます。こういう海を持っている人はすぐに怒ったり、けんかしたりしてしまいます。そんなときは心を静かにして待っていると、きっと美しい「遠い海」になると思います。「遠い海」とはその人の人間性でしょう。最近ではみなさん刹那的になっていて物事を深く考えない傾向があります。何がいいこと、本当にいいことを探求する心、むかしはこれを哲学する心といっていましたが、それが希薄になってしまっているのではないでしょうか。

「みりょく発見団」のみなさんも、綱島に必要なことは何だろう、要らない物は何だろうとじっくり考えてみれば、今何をすべきかの答えは自然に出てくるでしょう。
自然にしても外来種ではない昔からの日本の木は大切に残したいものです。ひごいや金魚など本来は生息していなかった魚を川に放流することも、自然を守る意味からは間違ったことと言えるのではないでしょうか。
歴史的なことを伝える記念碑を作るときなどは、きちんと文献を調査し、思いつきや言い伝えだけでは作らない配慮が必要です。後世の人たちに間違った知識を残すことになってしまう危険があるからです。

何が真実か、自分の「遠い海」をきれいな海にするためにも、みなさんも坐禅をやってみたら如何でしょうか。
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